恐ろしく長い間、ここのサイトもブログも放置してましたなー。
しかし、新たに漫画原作を始めましたので、稼働させます。
このブログをSS専用にするか、仕事履歴も載せていくかは、ちょっと考え中。
ここまでのブログは、一切合切消しちゃったし。(ご近所のわんこの記事だけ残ってます)
とりあえずは、原作を担当しております、マカロニウエスタンBLマンガ
『ガンレイヴン―荒野の黒き翼―』(作画:おきた香奈先生。サムネイルクリックでRenta!様のサイトに飛びます)のおまけSSを書いてみました。他にもあちらこちらで配信されていますので、見かけましたらよろしくお願いいたします(*^^*)
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『我が名は』
時田シャケ
口の中に広がる鉄の匂いにむせて、目が覚めた。
「げぇ」
鉄じゃねえ。血だ。
俺は赤く染まった唾液を吐き出し、重い身体をのろのろ起こす。
「う……」
こめかみに、電流が走る。ひでえ頭痛だな、おい。目の前がチカチカする。おまけに吐き気までとは恐れ入る。今が夜で助かった。これが昼間なら、とてもじゃないが目を開けていられない。
この痛み、風邪を引いたわけじゃなさそうだ。
「……どこだ、ここは?」
暗闇に慣れてきた眼を眇めて、周囲を見回す。周りにあるのは、農具や干し草、それに足下に転がっている古い帽子だけだ。どこかの農家の物置ってところか。
他人の物置で寝転がって、一体何をしているんだ、俺は?
「ちぇ。まいったな」
頭痛の元だと思われるこめかみに、何気なく指を当てる。ぬるりとした感触が、指先を濡らす。
要するに、俺は誰かに殴られて気を失っていたってわけだ。
「あーあ……」
俺は、肺の奥からありったけのため息を絞り出す。
殴られて気を失っていただって? みっともねえ。大方酔っ払って、物盗りにでも出くわしたんだろう。
「やれやれ、文無しかよ……ん? え?」
胸元を探る指の動きが、俄然忙しくなる。
ある。財布はある。金は盗られていない。それじゃ狙いは――俺の命か。
いや、それもない。腰の銃は、確かにある。S&W model3スコフィールド。やたらと手に馴染む。間違いねえ、俺の銃だ。弾も四発装填されている。
「ムカつくな、おい」
つまり、俺はお情けで生かされたってわけだ。ムカつかない方が、どうかしている。
「いい度胸だ。この――うん?」
この……なんだ?
誰だ?
俺は誰だ?
いくら頭を捻っても、わからなかった。
名前も、生まれも、今までどこでどうやって生きてきたのかも。
俺は、俺の全てがわからない。
いや、スコフィールドはわかる。これだけは、わかる。銃の名前はスラスラ出てくるっていうのに、自分の名前はさっぱりだ。
これはなかなか面倒な状況じゃねえか?
「ん!?」
ドアが軋むと同時に、俺は身構える。七フィートはあろうかという大男が、顔を出した。
「ん……? げえっ、てめえ、生きてやが――」
野郎の言葉が終わる前に、俺は銃爪を引いていた。大男は胸を押さえ、大きな音を立ててその場に崩れ落ちた。
一人――なわけはねえな。すぐに仲間がやって来る。
とっとと抜け出そうと立ち上がると、激しいめまいが襲ってきた。
「……くっ」
めまいってやつは、思ったより厄介だ。我慢すれば立っていられるってもんじゃねえ。おまけに頭痛もぶり返してきた。まずい。非常にまずい。
「いたぞ! こっちだ!!」
数人、いや、二人だな。足音が響くより早く、俺のスコフィールドが火を吹いた。敵は、声もなく倒れる。
「よし」
足音から察するに、あと一人。弾もあと一発。撃ち損じたら、死ぬ。それだけだ。いいじゃねえか。わかりやすい。嫌いじゃないぜ。
強い風が、頬を激しく打ちつける。俺は夜空を見上げる。流れる雲も、せわしない。
俺は足元の小石を拾って、入口目がけて放り投げた。
次の瞬間、小石は弾丸の雨に晒され砕け散る。
ショットガンか。こいつはまた、乱暴な。当たりゃひとたまりもない。
が、おおよその位置はわかった。
息を潜める。
風が唸る。
雲は全速力で流れ、そしてまあるい月が顔を出した。
ほんの一瞬、敵の姿が月光の下に晒される。その一瞬が、全てだ。
考えるより早く、指が動く。
「ぐ!?」
額の真ん中に、穴が空いた。俺じゃない。ヤツだ。
ショットガンは大きな音を立てて足下に転がり、最後の野郎は踊るように弧を描いて倒れ込んだ。もう、動かない。きっとこいつは、何が起こったかもわかっちゃいない。
臆病な月は雲間からそっとこっちを覗き込み、自分が照らし出している残酷な結末にも、素知らぬ顔を決め込んでいる。
俺の勝ちだ。
風が鳴る。
風が哭く。
俺はショットガンとマガジンと、その場に落ちていた帽子を拾い上げた。ショットガンは、ウィンチェスターM1887。文字通りの拾い物だ。
地獄では、弾も銃も帽子も必要ない。
大丈夫。有効に使ってやる。少なくとも、お前さんよりは。
軋むドアを、力ずくで押し開く。広がっているのは、やっぱり見たことのない景色だった。
「ま、いいさ」
どうせどこに行っても、赤い砂とサボテンと、根無し草ばかりに決っている。
そもそも俺は、居場所どころか自分の名前も知らない。家族も恋人も、いるかどうかすらわからない。
それでも、ひとつだけはっきりしている。
俺はガンマン。
息をするように、銃を撃つ。
それだけで充分だ。少なくとも、今のところは。
赤い砂を踏みしめて、風に向かう。
行き先は――さあな。根無し草の転がる方にでも、行ってみるか。